農地の売買契約における消滅時効はいつから何年か(結論:農地法の許可申請協力請求権は契約時から5年ないし10年,売買代金の返還請求は私見だと代金引渡日から5年ないし10年)

農地につき,所有権移転を完成させるためには農地法に基づく許可が必要になります(農地法3~5条)。

そのため,当事者間で先に売買契約を締結して,条件付所有権移転仮登記を登記し,農地法に基づく許可が得られたことを停止条件として売買が完成するという手法がとられることがあります。

日本におけるバブル崩壊前は,不動産が値上がりしていたので,農地について売買契約が締結されていたことがかなりあったようです。既にバブル崩壊から20年以上が経過していて,売買契約および仮登記から30年以上経過した事例も見受けられます。

このような農地の売買契約における許可申請協力請求権につき,判例では農地の所有権移転に伴う請求権ではなく売買契約に伴う債権的請求権であるため契約締結の日から10年で消滅時効が完成すると判断されています(最高裁判決昭和50年4月11日,他ブログで1日とあるのは日にちの誤り,農地法の実務解説 〔三訂版〕)141ページ)。

つまり,改正前民法下において締結された契約の場合,契約から10年経過すれば,売主は許可申請協力請求権が時効により消滅したと主張することが可能になります。

なお改正後民法の下で契約された場合には,消滅時効の期間は5年(166条1項1号)になるでしょう。

ただし,契約やその後の経緯等に照らして許可申請協力請求権についての消滅時効の援用が信義則違反となる場合もあります(最高裁判決昭和51年5月25日)。

では,許可申請協力請求権について消滅時効を売主が援用したとき,農地の売買契約と既に支払った売買代金はどうなるのでしょうか。

まず,農地法3条7項により,許可のない農地売買は無効と定められています(逐条解説 農地法 〔改訂版〕59ページ)。

そうすると,そもそも売買契約は契約当初から無効で,許可が得られた場合にのみ有効になる契約ということになります。

無効の契約に基づき売買代金を買主が売主に支払っているため,売買代金支払について法律上の原因がないことから,不当利得(民法703条)にあたります。

では,許可申請協力請求権についての消滅時効の援用をした売主に対して,買主は不当利得にあたるとして売買代金の返還を求めることができるのか,できるとしてその返還請求は認められるのでしょうか(消滅時効にかからないのか)。

このあたり,単に「売買代金の返還が問題になる」とあいまいな表現をしているものはあるようですが,売買契約から相当期間が経過した後に売主からの返還請求が認められるかについて,はっきりと説明した書籍やインターネット上の言説はないように思います。

もし許可申請協力請求権について消滅時効を売主が援用したことで売買契約が履行不能になり,債務不履行が援用時点で確定し,売買契約が取消になったのであれば,取消の時点が不当利得に基づく返還請求権の起算点となります。

しかし,農地の場合はそもそも許可のない売買契約は無効の契約です。

つまり,有効な売買契約が取消になった場合とは異なります。

売買契約が当初から無効であるとすれば,売買代金を買主が売主に渡した時点から,売買代金について不当利得返還請求に基づく返還請求をすることが可能です。

このように考えると,売買代金の消滅時効の起算点は,売買代金の引渡時と考えることができます。

そのため,売主は売買代金の引渡時から改正前民法では10年経過,改正後民法の下での契約ならば5年経過により,不当利得返還請求権について消滅時効の援用ができると考えられます(私見)。

取消と無効で何が違うのかというと,例えば売買契約から30年が経過して売主が許可申請協力請求権について消滅時効を援用した場合,取消と考えると許可申請協力請求権について消滅時効を援用した時点が売買代金についての不当利得返還請求権の消滅時効の起算点となるため,売主には売買代金の返還義務が生じてしまうことになります。

しかし,前述のように売買契約が当初から無効であったとすると,売買代金についての不当利得返還請求権の消滅時効も既に完成していますから,消滅時効の援用により売買代金の返還義務がなくなるという結果になります。

時効の起算点をいつにするかということも法律論としてはなかなかやっかいなところで,事案ごとに事実を整理して法的分析をすることが欠かせません。単純に見えるような制度も意外な落とし穴があったりしますので,法律問題についてはきちんと弁護士に相談されることをおすすめします。