取締役が退任後,退任前の会社と同種の事業を行えるのか(結論:原則として行えるが,場合によっては賠償責任が発生する)

会社法では,取締役が在任中,許可なく会社と同種の事業をすることを禁止しています。

会社法356条 取締役は,次に掲げる場合には,株主総会において,当該取引につき重要な事実を開示し,その承認を受けなければならない。
1号 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。

この規定は取締役の在任中の規定で,取締役が退任した後については規定がありません。

では,取締役は退任後,会社と同種の事業をしてはいけないのでしょうか。いわゆる競業避止義務が認められるのかが問題となります。

取締役は,退任後,自己の知識,経験および技能を活かして会社と同種の事業を行うことができます(職業選択の自由,営業の自由)。

ただし,取締役が在任中に知った(自ら開発したものではない)会社の営業秘密を利用して競業を行えば,不正競争防止法に違反することとなります(不正競争防止法2条1項7号)。

このほか,退職者が社会的に許容される範囲を逸脱するような態様で競業行為を行った場合には,不法行為責任を負うことになります(東京地判昭和51.12.22判タ354号290頁,大阪地判平成14.1.31金判1161号37頁,東京地判平成17.10.28判時1936号87頁,会社法コンメンタール8 72ページ)。

会社は,取締役退任後も,特約によりその者の競業行為を制限することはできます。しかし,退任した取締役の職業選択の自由を保障するため, そのような特約は無制限に許されるわけではなく, あまりに広範な競業禁止特約は公序良俗に反して無効になります(民法90条)。

会社の取締役に限らず,従業員等が退職した後に同種事業をしているとして紛争になることが近年増えています。会社側としては,退職時に適切な手当をする必要がありますし,逆に退職・退任した側としては競業避止義務を負わないのにもかかわらず賠償金を支払えと請求されることもあるようです。

いずれの場合も,弁護士に相談して,適切な解決を求めることが必要な場面でしょう。