労災訴訟で将来の年金給付は賠償金から控除されるのか(結論:判決では控除されないが,和解の場合は控除されることがある)

労働者が業務に起因する事故にあってしまった場合,使用者に対する損害賠償とは別途,労災として保険給付や年金給付が発生することとなります。

この点,被災者が労災保険給付等を受ける場合,この保険給付等でもって賠償額から控除がされます。
すなわち,既に支払われた保険給付の額は企業が支払うべき損害賠償から控除されることとなります(労基84条2項類推適用)。

保険給付により,治療費,休業補償や将来の逸失利益の一部が補償されることになりますが,補償の対象となっていない慰謝料や積極損害(入院雑費・付添看護費等)の補償につき,使用者は保険と別途賠償する必要があります(青木鉛鉄事件:最二小判昭和62年7月10日)。

このように既払保険給付については控除が求められますが,将来の年金給付についても損害賠償から控除が認められるのでしょうか。

死亡事故や障害等級7級以上の重い後遺障害の場合,年金給付があるため問題となります。

ここで将来給付分の年金給付については,既払い給付分だけが賠償額から引かれるだけで,将来年金給付分は控除してもらえないというのが現在の最高裁の考え方です(三共自動車事件:最三小判昭和52年10月25日民集31巻6号836頁,損害賠償事件:最大判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁,損害賠償請求事件:最二小判平成16年12月20日判時1889号42頁)。
労災民事賠償事件の実務的処理としては,単なる猶予の抗弁ではなく,損益相殺として控除した和解例が多いようです(KYOWA(心臓性突然死)事件:大分地判平成18年6月15日,新労働事件実務マニュアル(第3版)430ページ)。

和解と判決で金額にかなり開きが出る可能性があるので,労災訴訟の場合は結論について適切な見通しをもって訴訟追行する必要があるでしょう。